ナルニア国物語 第3章:アスラン王と魔法の島(原題:The Chronicles of Narnia: The Voyage of the Dawn Treader)
大人気の『ハリー・ポッター』シリーズや大絶賛の『ロード・オブ・ザ・リング』三部作と常に比較されてきた『ナルニア国物語』.
その上、聖書を基に子供へうまく教えを示しているという良評価は、説教臭いという無神論者の意見に押され、ファンタジー映画として家族皆で楽しめるという意見は、聖書と神話をミックスさせ不道徳なものだというキリスト教者からの悪評価に変わった.
神話的生き物や妖精、会話する動物や魔法が存在し、キャラクターがその中で成長していく幻想的な冒険物語を単に楽しめる人がこの映画を観に行くべきだったかもしれない.異次元や不思議な世界に現在時点から入る方法は、何の小説でもどの映画でも一番始めに心躍る楽しみ.『ナルニア国物語 第1章:ライオンと魔女』では、疎開先の衣装箪笥から、『ナルニア国物語 第2章:カスピアン王子の角笛』では、駅のホームで通り過ぎる電車を見ていた時、そして今回の『ナルニア国物語 第3章:アスラン王と魔法の島』は、壁にかかっていた絵から主人公達はナルニア国に引き込まれる.
エドマンド(スキャンダー・ケインズ)とルーシー(ジョージー・ヘンリー)、そして彼らのいとこのユースチス(ウィル・ポールター)は、絵の中の帆船に乗っていたカスピアン王(ベン・バーンズ)に救われる.カスピアンは、 亡き父王の七人の友である公卿を捜す航海の途中であった.
戦争下で苦労するちっぽけな子供でいるロンドンより、キングとしてクイーンとしてナルニア国にいる事の方が嬉しいペベンシー兄妹.
それと対照的な不安、不満、苛立ちいっぱいでだだをこね続けるユースチスを鍛えようとはりきるネズミの剣士リーピチープ.そんな中、Dufflepudと呼ばれるスキアポデスがルーシーを誘拐し、魔法使いコリアキン(ビリー・ブラウン)から受けた魔法を解いてくれるよう依頼.
しかし、一行はコリアキンが Dufflepudを守る為に魔法をかけた事、怪しげな霧がナルニア国に襲いかかってきており、国と人々を救う為には、七人の公卿がアスラン(声:リーアム・ニーソン)から授かった七本の魔法の剣を星人のいる島にあるアスランのテーブルへ供える事が必要だと知る.奴隷貿易商に支配された島、竜の宝島、何でも黄金に変えてしまう島、魔法使いや小人のいる島、暗闇の島、星人のいる島など、航路で立ち寄る島々は不思議なものばかり.このマジカルな世界を難なく目の前に広げてくれるテクニカル担当者たちの才能に目を見張る.
コンピュータグラフィックス (CG)とは思えない雄々しいアスランや表情豊かなドラゴンを始め、ナルニア国の登場人物や各所シーンの特殊撮影が実に素晴らしい(3Dでなくても充分楽しめる).
ある程度の技術が発展し、映像化の想像ができる現代にハリー・ポッターを書いた作者J.K. ローリングと違い、1950年代にナルニア国物語の小説を書いたC.S. ルイスが生きていたら、この特撮を見てどう言ったであろう.
クライマックスの迫力ある大ウミヘビなど暗闇に潜む悪との闘いは、SFX(Special Effects)も素晴らしいが、白い魔女役のティルダ・スウィントンの冷たく恐ろしく美しい顔がもう一度見れる事が大きい.ティルダ・スウィントンを始め、ジェームズ・マカヴォイ、ワーウィック・デイヴィスなどの役者が、ミスキャストとも思えるぎこちない主役の子役四人ウィリアム・モーズリー、アナ・ポップルウェル、スキャンダー・ケインズ、ジョージー・ヘンリーを支えてきた(第二章で活躍し、たくさんの乙女心を魅了したベン・バーンズは、今作品でスパニッシュアクセントが何故か無くなり、思い入れも深くないカスピアンで残念だった).
しかし、今回初めて非の打ち所のない子役、いとこのユースチス役のウィル・ポールターが登場した.ポールターは、2010年に日本で公開された『リトル・ランボーズ』(原題:Son of Rambow)で学校一の悪童であるリー・カーター役を見事にこなして注目をあびる.
嫌みで傲慢、迷惑極まりない甘ったれ坊やから、他人を思いやり、謙虚さを持ち備えた勇敢なる男の子へと成長する過程は観ていて心打たれる醍醐味がある.
彼とリーピチープ(声: エディー・イザードではなく今回はサイモン・ペグ)とのやりとりは、唯一のコミカルリリーフで大笑いの連続.
エドマンド役のケインズが、またも誘惑に負けそうになる葛藤を表現し、ルーシー役のヘンリーが、可愛さだけで通る時代を過ぎ、自分自身のダークサイドを何とか克服しようと頑張るのだが、役者としての才能はポールターとは比べ物にならない.
もし興行的に成功して続編が出ると決まれば、次作の『銀のいす』(原題:The Silver Chair)では、ポールターが主人公という事になる.このポールターを褒めてやまない監督マイケル・アプテッド(Michael Apted)は、1964年から始まったドキュメンタリー UPシリーズ(Up series)で知られる大物.
尊敬される彼を持ってしてもアメリカの批評家には評判がいまいちだったこの映画だが、それは批評家達がナルニア国に行けない大人だからなのではないだろうか.
一番人気のあった第一章も、その暗さとバイオレントさが人気を落とす原因になった第二章も、結局は子供達がイギリスからナルニア国という別世界に行き戦争に関わり相見えない人々を殺す物語なのだ.
この第三章は小説としては一番人気のあった物で、他二作に比べて子供達に安心して観せられる映画である.
話を聞いた小学生から中学生にかけての子供達は、この映画が一番好きだと答えている.
ストーリーとしては、エピソードがあり過ぎてつりあいがとれず、ややこしい所やもの足らない部分もある.
しかし、第一章や第二章に比べ、ユースチスというキャラクターに『ナルニア国物語』としては初めて心入れができ、エドマンドやルーシーを含め、カスピアン王さえもその成長ぶりが初めてわかる作品である.
自分から奪われた物ばかりに心を捕われ、与えられた物に感謝していなかったと言うカスピアン王の言葉に考えさせられる最後のシーンは、アスランの宗教がかった言葉より重みがあった.製作・配給は前二作を手掛けたウォルト・ディズニーに代わって20世紀フォックスなのだが、第四章の可能性は興行成績次第であるため、制作はまだ決まっていないらしい.
同じく小説を基にしたファンタジー映画の中で『ハリー・ポッター』(Harry Potter)シリーズや 『ロード・オブ・ザ・リング』(The Lord of the Rings)トリロジーのような成功を真似たいのはやまやまであろう.
近年になって公開された『ガフールの伝説』(原題:Legend of the Guardians: The Owls of Ga’Hoole)、『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』(原題:Percy Jackson & the Olympians: The Lightning Thief)も今ひとつ続編が出るかわかっていない.
『インクハート/魔法の声』(原題:Inkheart)は興行的にも評価的にも失敗したかと思われたが、以外にも2012年に続編が出ると決まったらしい.
第四章が制作されなくても、ルイスの小説は一話ごとに完結できるように書かれているので、続編の見込み無しの『ライラの冒険 黄金の羅針盤』(原題:The Golden Compass)のような悲しい生半可な終わり方をしなくてすむ.『ライラの冒険』の著者フィリップ・プルマンはさぞかし心を痛めたであろう.
案外『ハリー・ポッター』が今年で完結する寂しさの為『ナルニア国物語』が続く事を望む人達がこの映画の将来を決めるのかもしれない.
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