食べて、祈って、恋をして(原題:Eat Pray Love)
『あの』ジュリア・ロバーツが、ついに初来日!と日本のマスコミ関係は大賑わい.「評価の高い」映画『食べて、祈って、恋をして』(原題:Eat Pray Love)のできに自信があったからこそ、ジュリアは日本に来た、と数々の記事に書かれてあった.
しかし実の所彼女の新作は、評価が高いどころかアメリカで大層不評だったのだ.
ジュリア・ロバーツは日本でこんなに人気があったのか、それともハリウッドスターがやっと来てくれた事がうれしくて社交辞令を出したのか.日本は甘味でできているのだろう.素晴らしい映画作品にいくつも出演しているジュリア・ロバーツ.それがよりによってこんなにひどい映画のプロモーションで初来日とは不可解なものだ.
エリザベス・ギルバートの自伝的原作本は、アメリカ女性に多大な支持を受けたベストセラー.それを映画化し、大人気のジュリア・ロバーツを主演に迎えた作品がお粗末、と最初から言うのは気が重い.
30歳を過ぎたジャーナリストのリズ(ジュリア・ロバーツ)は自分の人生に疑問を持つ.うまくいっている仕事も、住み易い住居も幸せにつながらない.一方的に離婚すると夫(ビリー・クラダップ)に言い放ち家出.リバウンドで恋におちたハンサムな年下の彼(ジェームズ・フランコ)との関係も重いだけ.
そしてついに友人の編集者から本を出版する約束で前払金をもらい、自分探しの一年間の旅に出る.リズ本人にしてみれば悩んでいる事は真実なのだろうが、もっと深刻な悩みを抱え苦しんでいる人々が世界中たくさんいる事を思うと、彼女自身誠実さに欠ける.
全てが簡単に手に入って、全てが結局はうまくいってしまう彼女に、果たして誰が共感するのだろうか.精神的なものはともかく、旅に出たい、旅行がしたい、という思いには通じるものがある.
食を追求するイタリアへの旅.イタリア料理.想像しただけでお腹のすく人もいるだろう.だがこの映画でのイタリア料理は少しもおいしそうに見えない.ピクサーのアニメーション映画 『レミーのおいしいレストラン』(Ratatouille) の料理の方がもっとおいしそうだった.リズが食べたものより、レミーがなけなしの材料で作ったオムレツの方がよっぽど味が良さそう.撮影監督のロバート・リチャードソンはいったい何をやっていたのか.格別な料理が更に美味に思えるように撮影することなどカメラの基本だ.
ジュリア・ロバーツもまったく助けにならない.彼女の食べ方は食欲をそそらず、かえってまずいのではないかと疑ってしまう.大御所メリル・ストリープに食べ方の演技を教わってほしい.特にパスタの食べ方は、メリル・ストリープの映画『あなたの死後にご用心! 』(Defending Your Life 1991年作品)を参照されたい.祈りを追究するインドへの旅.
リズはいったい何を考えてここに来たのだろうと頭をかしげる.スピリチュアリティを本気で求めるものに対して恥ずべきである.いきなり場違いな象が出てきたのには、先ほどかしげた頭を抱えてしまう.
そしてインドネシアへの旅.
風景の美しさも土地の人々のあたたかさもリズと噛み合ない.彼女の目的がはっきりせず、ただバリ島の自然のシーンを流しているだけ.恋愛相手もインドネシア人ではなく、たまたまバリ島にしばらく住んでいたブラジル人(ハビエル・バルデム).バリで出会う人々の方がよっぽど興味深く、主人公がリズでなければ良かったのにと思ってしまう.
だいたい彼女のする事言う事すべてがもどかしい.
一番厄介だったのは、自分を失っている彼女が、他の人に助言をする事とその仕方.イタリア料理を満喫しすぎて、体重が増えてきた事を心配する友人へのアドバイスはともかく、インドではよくある親の決めた結婚に若くして従わなければならない少女に対してのアドバイスに真心がこもっていない.これはリズが結局の所いつも自分の事しか考えていないからである.やや驕ったヒロインにあわせたストーリーラインはあぐらをかいてしまって胸に響かない.技術面もサポートになっていない.撮影監督のロバート・リチャードソンは、オリバー・ストーン監督の『JFK』とマーティン・スコセッシ監督の 『アビエイター』(The Aviator)で二度アカデミー撮影賞を受賞している.それ以外にいくつも完成度の高い作品を撮影してきた彼がどうして、と残念でならない.極端な上部からのカメラアングルからいきなり下部にとんだり、角度も動きも焦点も観づらくて嫌気がする.心の内の描写の仕方が座って考えるシーンばかりでは情けない.
偉大な映画監督のもとでしか彼の視点は発揮されないものなのか.テレビ番組のヒット作で一躍有名になったライアン・マーフィーが監督を務めているが、間延びして不十分な結果に終わっている.原作の本は、作者の心の内、精神的なものを詳しく表現している.それを映像化するには、もっと卓越したヴィジョナリーな監督が必要だった.ジュリア・ロバーツというスターパワーに圧倒され引きずられて、力負けか演出自体がのまれている.ライアン・マーフィーは監督としてジュリア・ロバーツという役者を生かせていない.
ジュリア・ロバーツは映画スターでありながら、芝居のできる女優である.
普通人さを表そうとハリのない皮膚でクロースアップをまかせたり、下腹が少し出ている事がわかるようにあえて底面からのカメラアングルを許したり、ハリウッドの女優にはなかなかできない事をしてくれる.しかし、リズの複雑な内面の悩みをうまく出せず、お決まりの表情に頼ってばかり.深みのない安易的な解釈で終わりにしてしまっているのは惜しまれる.彼女の本来の演技のうまさも魅力もどちらつかずで、他の役者の方がこの役に合っていたのかもしれない.一方、脇を固めている男優はひと味もふた味もある.
ハンサムで演技派ビリー・クラダップはとてもチャーミングで、彼を捨てたリズはなにを考えていたのかと観客に疑問を持たせる.
ドリーミーな美青年ジェームズ・フランコは、ひと味違った年下の愛人を好演.彼が微笑んだり、悩んだりする顔を見るだけで満足する人も多いだろう.
リズがインドで出会うリチャード役のリチャード・ジェンキンスはいつも通りの熟練さを見せているが、彼の告白シーンにまとまりがない.ここでも演出の戸惑い、脚本の弱さ、カメラワークの不自然さが裏目に出ている.
ハビエル・バルデムはファンの期待を裏切らない.優しくそれでいて雄々しい演技をしている.彼が出るシーンのいくつかは涙が出るくらいの切なさがある.この映画のハイライトはジュリアではなく、クトゥット役の素人ハディ・スビヤント.彼がバリ島のシャーマン/ヒーラー/治療師(メディシンマン)役で出てくる度にほっとする.彼に微笑まれると長い時間かったるい映画を観ていた事を少しだけ忘れさせてくれる.
この映画を観終わった後、多くの女性が「私も旅をしたいな…」と言っていた. 女性のひとり旅は危険を伴うのでおすすめしたくないが、安全をふまえた上で、これを機会に何かをもとめる旅に出るのもいいのではないだろうか. そして是非自分なりの旅行記を書いて欲しい.
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